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路地 アーカイブ

2011年05月16日

日本の路地空間あれこれ~福島編~

皆さんこんにちは。

「住宅の歴史から考える理想の暮らし」コラムを担当している市川です。

今回より「日本の路地空間あれこれ」をテーマに、

私たちの生活に古くから根付き、暮しを支える道について考えていきたいと思います。

第一回目は、福島県の震災を免れた文化遺産を紹介します。

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◆山間にひっそりと佇む街道沿いの町「大内宿」◆

大内宿は、日光と会津若松を結ぶ街道沿いの宿場町として栄えました。

この街道は会津西街道とよばれ、

会津藩が江戸時代の初期に会津と江戸を結ぶ幹線道路として整備したものです。

米等の物資の輸送や会津藩主の参勤交代の際にも利用される重要な街道でした。

当時の大内宿は街道の要衝として旅人を泊めたり、荷物運搬の人馬の中継ぎ場所として、

本陣を始め、旅籠や問屋などが軒を連ね賑わいをみせていました。

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◆茅葺き屋根と水路のある路地空間◆

会津南部の広葉樹林が美しい山間部を抜けると突如現れる大内宿。

周囲を山に囲まれ、緩やかな坂道沿いに約40軒の茅葺き屋根が整然と並びます。

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道の両脇には石組みの水路が設けられそれぞれの建物の前には洗い場が設けられています。

この水路、昔は道の中央にありました。

道の上でも生活の一部が展開され、道を通じて地域の人がつながっていたことが想像されます。

現在は、路地の打ち水や、飲み物を冷やす場所として利用され風情ある情景が残ります。 

そして、建物の多くは通りに面して縁側を設け、奥に座敷があるという配置になっています。

縁側は、現在会津地方の田舎料理や、特産品を販売する店先になっており、

通り沿いは親しみのある福島弁が飛び交う、明るいストリートになっています。

今も昔も道は人々が交わる活気あふれる場所として広場のような機能をもっていたのです。 

こうした街並みは会津地方の宿場形態の典型的なものでしたが、多くは失われてしまいました。

大内宿は今日もなお往時の姿をよく残す貴重な路地空間なのです。

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◆茅葺き屋根は「結」の精神を伝える◆

大内宿には「結」という考え方が根付いていました。

これは日本各地の農山村の多くでもみることができます。

結は地域内での労力交換や相互扶助と訳することができます。

例えば、田植えの時期にお隣さんにお手伝いをしてもらった場合、

同じようにこちらも何かしらの労力でお返しするというものです。

田植え同様に、茅葺き屋根の葺き替えの際にも、多くの人手が必要となり、

こうした作業や行事は地域の住民総出で行いました。

互いに依存しながら暮しが成り立っていたといえます。

大内宿の美しい茅葺きの屋根並みは人々のつながりの象徴ともいえます。

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報道等で被災された方々の頑張っている姿を見るときこの「結」という言葉が思い出されます。

日本人の「結」のDNAは困難な状況でも助け合い、立ち向かう力強い人と人の結束をつくり

私たちひとりひとりに中にしっかりと根付いているのでなないでしょうか。

 

さて、今回のコラムは如何でしたでしょうか?

次回は「日本の路地空間あれこれ~谷中編~」をお話したいと思います。

それではまた次回、お会いしましょう。

 

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2011年05月26日

日本の路地空間あれこれ~谷中編~

皆さんこんにちは。

「住宅の歴史から考える理想の暮らし」コラムを担当している市川です。

前回より「日本の路地空間あれこれ」をテーマに連載中です。

私たちの生活に古くから根付き、暮しを支える道について考えていきたいと思います。

今回は、江戸東京の下町情緒を残す路地空間「谷中」を紹介します。

(前回のコラムはこちら>>~日本の路地空間あれこれ~福島編~)

 

◆お寺の多い町谷中◆

谷中を歩く時、お寺の多さに驚かされます。

江戸時代、徳川家光の命により現在の上野公園の場所に 寛永寺が建立されました。 

その敷地は今の上野公園の約2倍といわれ、広大な敷地を有していました。

谷中は当時農村でしたが、寛永寺の子院や他の地区から移転してきた寺院が

次々と建立され、 同時に参詣客も増えました。

訪れる人の賑わいともに花屋や墓石屋といった町屋ができ、寺町としての景観が形成されます。

明治になり、多くは宅地に変化していきますが、 震災や戦災の影響が少なかったため、

通り沿いには、今でも多くの寺院や墓地内の大きな樹木が町中に残っています。

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お寺の前までくると、門前から境内の奥までぱっと視界が開け、濃い緑と青い空が広がります。

谷中は都心とは思えない景色とめぐりあうことができる場所なのです。

 

◆路地にとって大切なものとは?◆

さて、路地というという皆さんはどのようなイメージをもたれますか?

道幅が狭く密集したイメージや迷路のように複雑に入り組んだ空間、古い建物・・・

谷中には魅力的な路地がたくさんあります。

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まず始めの 路地です。

道幅に対して圧倒的な緑のボリュームは、道路に程よい木陰をつくりだしています。

左手前のお宅は、道路側の屋根の高さが低く抑えられ圧迫感がありません。

そのため奥にある樹木の形もよく見え、大木を中心にした街路景観が形成されています。

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こちらは、車が通過できないほどの道に、木製バルコニーがせり出した住まいが並びます。

どこが宅地と道路の境界なのか、何軒の家があるのかわからないほど密集しています。

こういう道なら子供を遊ばせておいても安心ですね。いわば庭としての機能をもつ道です。

 

こうした路地では、車がある生活は想定できませんが代わりに豊かな外部空間があります。

路地にとって大切なことは「自然」や「人」が中心であるということなのです。

 

◆新たな価値観との融合◆

近年では、地区内の古い建物や景観を保全する活動が住人を中心に展開されています。

その一つに銭湯だった場所をギャラリーとして利用する「スカイ・ザ・バスハウス」があります。

煙突や入口の暖簾が印象的な銭湯ですが、内部はモダンアートの空間に改装されています。

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また、築100年の布問屋別邸をユニークな発想で活用している事例もあります。

1階の座敷部分を有償で一般に貸し出し、2階はシェアハウスとして学生等に住んでもらい 、

掃除や窓の開け閉めといった日常的なメンテナンスをお願いするというものです。

また、定期的に上野・谷中を巡る歴史探訪会や子供と参加する寺子屋プロジェクトなどが

開催され,地区外の方でも伝統的な日本家屋で体験できるイベントに参加することができます。

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(ご興味のある方はこちら>>たいとう歴史都市研究会)

古いものを価値のあるものとして受け継ぐにはご紹介したような視点や

価値観を変えた活用方法を見出すことが大切なのかもしれません。

時代を超えてなお人々から愛される路地と谷中の町を皆さんも是非体験してみて下さい。

 

さて、今回のコラムは如何でしたでしょうか?

次回は「日本の路地空間あれこれ~静岡編~」をお話したいと思います。

それではまた次回、お会いしましょう。

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◇コラム執筆者◇
「住宅の歴史」から考える理想の暮らしコラム。
ライフスタイルの変化から見えてくるものとは?
住宅の昔と今を紐解きながら、理想の暮らしを考える。

一級建築士 市川 忍(ポラス暮し科学研究所

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2011年07月06日

日本の路地空間あれこれ~静岡・三島編~

皆さんこんにちは。

「住宅の歴史から考える理想の暮らし」コラムを担当している市川です。

「日本の路地空間あれこれ」をテーマに日本各地の路地を紹介します。

私たちの生活に古くから根付き、暮しを支える道について考えていきたいと思います。

今回は、富士山の麓、「水の都 静岡・三島」を紹介します。

(前回のコラムはこちら>>~日本の路地空間あれこれ~谷中編~)

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◆宿場町としての三島◆ 

三島市は古くから伊豆の中心地として栄え、三嶋明神(三嶋大社)の門前町として賑わいました。

三嶋大社は源頼朝が源氏再興の旗揚げをしたことでも有名です。

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また、東西を結ぶ東海道と南北を結ぶ下田街道・甲州道街道の交差する場所に位置し、

産業や文化の交流地点でもありました。

そうした街道を行く人々に三嶋大社への参拝客も加わりたくさんの人で活気に溢れていました。

江戸時代、慶長6年には徳川幕府の交通政策として宿駅として定められ、

東海道五十三次、11番目の宿場町として発展します。

 

そうした県外からの往来を結ぶ大路に対して、

その界隈には住人の生活道路としての小さな路地が形成されました。

これらの小さな路地を三島の人々は「三島八小路」として愛称をつけて呼び、

当時の逸話では、八つの路地名を箱根の関所でスラススラと言えれば、

三島人であると認められ、手形なしで関所が越えられたそうです。 

現在では、路地沿いの建物はほとんどが近代的なものに変わってしまいましたが、 

その道幅は当時の様子を伝え、ヒューマンスケールな散歩に心地よい路地空間が残ります。

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さて、皆さんは「看板建築」という言葉をご存知ですか?

看板建築は商店が軒を出さずにのっぺりとした看板のようにつくられている建物です。

三島の路地界隈では昔の面影を残す看板建築を見ることができます。

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写真は青みがかった緑青が美しい駄菓子屋さんです。

逆さに書かれた「ムラカミ」の文字が時代を物語ります。 こちらは国の文化財です。

緑青はいわゆる錆ですが、皮膜をつくり内部の腐食を防ぐ効果があります。

長期間、雨風にさらされ形成された外観は、時間によって醸成された美しさを感じます。

 

◆富士山からの地下水が街中に湧き出す町◆

三島は古来より水の都とよばれ、

富士山からの地下水が街中に湧き出す、湧水網都市といえます。

文化人にも水の町三島を愛する人が多くおり、

太宰治の「老(アルト)ハイデルベルヒ」では三島の情景が豊かに表現されています。

以下一文を紹介します。

「町中を水量たっぷりの澄んだ小川が それこそ蜘蛛の巣のようにやうに

縦横無尽に残る隈なく駆けめぐり、清冽の流れの底には 水藻が青々と生えて居て、

家々の庭先を流れ、縁の下をくぐり、台所の岸をちゃぶちゃぶ洗ひ流れて、

三島の人は台所に坐ったままで 清潔なお洗濯ができるのでした」

 

中心市街地には、小浜池、源兵衛川、桜川といった富士山の地下水系に属する湧水池や

河川が網の目のように点在し、美しい水辺空間を形成しています。

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こうした河川は農業用水路として利用されてきましたが、 昭和30年代には

都市化・工業化・生活環境の変化により、湧水が枯渇し水質が悪化していました。

子供たちが遊ぶ水辺空間は、ゴミや生活廃水で溢れ悪臭放つ醜い川となったのです。

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そうした中、ふるさとの原風景を取り戻そうと三島市民が立ち上がり、

NPO法人の立ち上げを通じ環境保全活動が始まりました。

この再生事業では、川は家々の前庭として利用されるようにし、

さらに、多くの人が川を身近に感じながら散策できる「川の道」を整備しました。

日常生活の中で、「川がみんなの共有財産」であることが意識されるようになったのです。

 

水際の石段を渡ると、せせらぎと心地よい風を感じながら、水辺の景色を楽しむことができます。

現在では、ホタルやカワセミが生息する豊かな水辺自然空間が再生したのです。

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◆三島のうなぎはなぜうまい?!◆

あまり知られていませんが、三島といえばおいしいうなぎも有名です。

前述のように、富士山の雪解け水で水に恵まれた環境を活かし、

産地から運ばれたうなぎを一週間ほどその湧き水にさらすことで臭みがなくなり、

うまみを引き出すと言われています。

伊豆への旅行の際には是非ご賞味下さい。

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さて、今回のコラムは如何でしたでしょうか?

次回は「日本の路地空間あれこれ~長野・安曇野編~」をお話したいと思います。

それではまた次回、お会いしましょう。

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◇コラム執筆者◇
「住宅の歴史」から考える理想の暮らしコラム。
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2011年08月06日

日本の路地空間あれこれ~長野・安曇野編~

皆さんこんにちは。

「住宅の歴史から考える理想の暮らし」コラムを担当している市川です。

「日本の路地空間あれこれ」をテーマに日本各地の路地を紹介します。

私たちの生活に古くから根付き、暮しを支える道について考えていきたいと思います。

今回は、NHK朝の連続ドラマ「おひさま」の舞台にもなっている「長野・安曇野」を紹介します。

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(前回のコラムはこちら>>~日本の路地空間あれこれ~静岡・三島編~)

◆神様が見守る路地◆ 

安曇野は道祖神の宝庫といわれ、

生活の中心である道空間と神様が密接に関わってきた風景を見ることができます。

道祖神は、村の守り神として 道が交差する「辻」や、

3つに分かれる「三叉路」などを見守るように祀られています。

 

村人が五穀豊穣や、子孫繁栄、無病息災を願い身近な神様として祀った道祖神。 

男女のかわいらしい神様は、遠慮がちに寄り添って立つもの、

何気なく手を握るもの、 酒器を持っていたりと、その表情もユーモアとバラエティに富んでおり、

道行く人を楽しませてくれます。

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安曇野では建物が密集したような狭い路地はありませんが、

のどかな田園風景の中、信仰を大切にしてきた日本の農村の原風景を見ることができます。

 

他にも、安曇野にはたくさんの心が癒される風景があります。

のどかな田園風景にのびる一本道、幻想的な水辺の風景、

せせらぎの音と碧色が美しいわさび農場、映画やドラマの舞台になるのも納得です。

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自転車でゆっくり散策して、お気に入りの風景を探したい場所です。

 

◆安曇野の美術館を満喫する◆

安曇野には美しい美術館が多く点在します。

路地の話からは少しはなれますがいくつかご紹介したいと思います。

【安曇野 ちひろ美術館】

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絵本画家・いわさきちひろの原画を展示する絵本専門の美術館です。

いわさきちひろは子供の何気ない仕草や表情を生涯描き続け、

大胆な筆使いと水をたっぷり使った水彩の表現に惹かれる方も多いと思います。

その建物は周囲の山々の景観を損なわないように配慮されています。

芝生の丘に連続するように三角形の屋根形がみえ、 安曇野の清々しい空を切りとり、

丘の稜線と空の境界が美しいスカイラインを形成しています。

内部は魚の骨のような細かい木造の骨組みが印象的な明るく開放的な空間となっています。

そして、ちひろ美術館のもう一つの魅力は館内にたくさん置かれている「椅子」です。

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これらの椅子は建築家中村好文氏の作品で丸みのある柔らかなフォルムの造形は

体を包み込むようにつくられ、思わず座りたくなるような雰囲気を醸し出しています。

キッズコーナーや世界の絵本も多数あり、絵本を身近に感じることができる美術館です。

【碌山美術館】

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こちらの教会のようなシンボリックな建物は、

「東洋のロダン」と呼ばれた彫刻家・萩原碌山の作品を展示する美術館です。

教会風外観はキリスト教の洗礼を受けた碌山の精神性を表現したものだと伝えられています。

レンガ造りの建物は蔦に覆われ、 素材の凹凸が建物に深い陰影を与えています。

建築という人工物と植物や光といった自然の現象が美しく対比した魅力的な建物です。

ここでは教会という凛とした空間が碌山の思想を表現し、その精神性にふれることができます。

【安曇野絵本館】

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こちらは安曇野の森にひっそり佇む、大人のために絵本美術館です。

「大人がかつて子供だったことを思い出す」というユニークなコンセプトで創られ、

未就学児、団体はお断りという徹底ぶりです。

緑の濃い「千と千尋の神隠し」のワンシーンのような自然林のトンネルを抜け到着します。

細い路地のようなエントランスが絵本の世界への期待を高め、

内部はカフェとギャラリーの抑制された空間構成で、

2階の本屋では懐かしい絵本に浸ることができます。

森にせり出したテラスでは安曇野の自然を感じながら、

幼少時代に思いを馳せる安らぎの一時を 過ごすことができます。

 

豊かな風景や芸術に触れることができる安曇野、皆さんも是非体験してみて下さい。

 

さて、今回のコラムは如何でしたでしょうか?

次回は「日本の路地空間あれこれ~京都編~」をお話したいと思います。

それではまた次回、お会いしましょう。

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◇コラム執筆者◇
「住宅の歴史」から考える理想の暮らしコラム。
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2011年10月01日

日本の路地空間あれこれ~京都編~

皆さんこんにちは。

「住宅の歴史から考える理想の暮らし」コラムを担当している市川です。

「日本の路地空間あれこれ」をテーマに日本各地の路地を紹介します。

私たちの生活に古くから根付き、暮しを支える道について考えていきたいと思います。

今回は、情緒溢れる路地・京都を紹介します。

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(前回のコラムはこちら>>~日本の路地空間あれこれ~長野・松本編~)

 

京都の発祥は平安時代、都が長岡京から移された時から始まります。

政治・経済の中心地として朝廷や幕府がおかれました。

南北と東西に直行する基盤の目のような通りは、

姿をかえながらも現代に残り、日本の代表的な観光地として世界中の人を魅了しています。

 

◆通りから路地へ◆

京都は、まっすぐな通りを中心とした空間構成で街ができていますが、

中心市街地などでは住所もまた、通りの名で表示されています。

例えば、「松原通麩屋町上ル」というのは松原通りに面し、

麩屋町通りとの交差点から北にいくという具合です。南にいくのは「下ル」となります。

通りの名前さえ覚えれば場所がわかるのです。

 

こうした通りと通りの間にさらに細い道があり、一歩足を踏み入れると魅力的な路地があります。

車1台が通過できる幅のものから人一人やっと通れるような狭い路地まであり多彩です。

大きな通りとは趣が異なり、部外者が立入れない私的な空間となっています。

路地の入り口は表札があったり、2階が覆ってしまっているものもあり

奥をのぞいてみたくなるような、独特の雰囲気を醸し出しています。

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◆路地先の町家に泊まる◆

そんな中、町家を一棟まるごと賃りて、宿泊体験ができるものがあります。

路地先の美しい町家でゆったりとした京都時間を楽しむことができるのです。

一歩足を踏み入れて、紹介したいと思います。

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こちらの路地は数軒が軒を連ね、 奥は袋小路(行き止まり)になっています。

建物は80㎡ほどのこじんまりとした2軒が並ぶ長屋形式で、

路地に向けた丸窓が、風情豊かで個性的な佇まいを特徴づけています。

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1階と2階に1部屋ずつあり、台所とお風呂もあります。

日当たりが悪い立地条件なのですが、台所の上部が吹き抜けになっており、

高窓からの光が漆喰の白壁に反射して明るい室内を保っています。

室内はモダンなインテリアに設えてあり

新旧のギャップが町家の味わいをより深いものに感じさせてくれます。

 

そして、この町家で最も特徴的なのが広々とした玄関です。

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間口の広い引き戸が建物に風格を与え、80㎡という小ささを感じさせません。

光と格子のコントラストが路地の風景をうっすらと映し、繊細で美しい玄関を演出しています。

こうした美しい玄関は日本の建物の特徴といえいます。

町家に限らず、日本の民家は共通して玄関や土間のスペースが広くつくられています。

ご近所さんとのちょっとした談話スペースや、路地と連続した子供の遊び場になったりと

公共空間と私的な空間の「境」をとても大切にしていました。

境となる場所をきちんと設えることは、地域との良好な関係をつくることにもつながるのです。

(京町家の体験はこちら>>~京町家ステイ 庵(イオリ)~)

 

◆路地の風景をつくるパーツ◆

魅力的な風景をつくる路地は様々な構成要素でつくられており、

建築部材の関係性や間合いによって奥行が深く、親しみやすい景観を形成しています。

歴史の長い京都ではたくさんのデザインや素材をみることができます。

ここでは特徴的なものを紹介したいと思います。

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【格子】

格子は細い角材を縦横に間を透かして組んでつくった建具で、

通りに面した出入り口や窓に設置されました。

内部に光や風を通す一方で外から内は人影程度しか見えず一定のプライバシーが保たれ、

生活の気配はなんとなく通りに伝わってきます。

また、夜には格子の隙間から灯かりが漏れ、昼とはまったくことなる風情をみることができます。

外と内をきっちりと仕切りることなく、やわらかくつなぐことで

街並みをあたたかみある風景にしてくれているのです。

そして、京都では新築でも格子のデザインを大切にしている建物をよく見かけます。

歴史の中で根付いた美意識は、時代が変化しても変わらず受け継がれています。

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【虫籠窓 むしこまど】

虫籠窓は主に商家の低い中2階部分に通風や灯かりとりのために設けられ、

木材を芯にして縄を巻き土と漆喰を塗り重ねたものです。

その形状が虫かごのようであることから虫籠窓(むしこまど)とよばれています。

江戸時代には、武士を2階から見下ろすことが禁じられていたため、2階建ての商家はなく、

あくまでも「中2階」の倉庫スペースとして利用されていました。

江戸時代中期には、楕円形の形状でしたが、

時代の変遷により2階の天井高が少しづつ高くなり、長方形になっていきます。

太く無骨な虫籠窓は、繊細な格子と対比され、一層京都の路地を趣深いものにしています。

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【駒寄せと犬矢来 いぬやらい】

最後にこちらも京都を代表する路地風景の構成要素です。

駒寄せはちょっと荒めの格子といったデザインですが、

主な用途は馬や人が通行する際に外壁部分や格子を傷つけないようにするためのもので、

京都では私有地の境界を示す物としても利用されていたようです。

高さ1m程度のものが多く、 馬や牛を一時的に繋ぎとめるために用いられたという説もあります。

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そして、この駒寄せと似た役割をもつのが犬矢来です。

通りに面して、置かれた竹の優美な曲線は皆さんも見覚えがあるのはないでしょうか。

馬の通過による泥はねや、軒下を通る犬の放尿から壁を守るものとしてつくられました。

人が建物に近付くことも防ぎ、防犯の意味もあります。

最近では、手間のかからないアルミ・鉄製のものなどもあるようですが、

目にやさしく素材の味わいが感じられるのは自然のものですね。

一手間かけることが客人への心遣いにつながり、そうした街並みが美しい景観をつくるのです。

 

日本人ならではの隣人や街並みへの思いやりが様々な形となり、表現された京都、

そうした美意識は路地や建物の随所に残り、現代に受け継がれています。

 

さて、今回のコラムは如何でしたでしょうか?

次回は「日本の路地空間あれこれ~倉敷・尾道編~」をお話したいと思います。

それではまた次回、お会いしましょう。

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2012年01月16日

日本の路地空間あれこれ~倉敷・尾道編~

皆さんこんにちは。

「住宅の歴史から考える理想の暮らし」コラムを担当している市川です。

「日本の路地空間あれこれ」をテーマに日本各地の路地を紹介します。

私たちの生活に古くから根付き、暮しを支える道について考えていきたいと思います。

今回は、瀬戸内海に面したの魅力的な路地のある町、倉敷・尾道を紹介します。

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(前回のコラムはこちら>>~日本の路地空間あれこれ~京都編~)

 ◆路地の博物館◆

倉敷は、江戸時代に幕府の直轄地・天領として栄えます。

米や物資を載せた船や荷車の往来で賑わう 商人の町として 、

町家や蔵が川沿いに立ち並び美しい景観を形成しました。

「倉敷」という地名は商人の「倉屋敷」が多く存在していたことからきているようです。

川岸には町家や土蔵が並び、情緒ある柳と調和し、美しい景観を今に伝えています。

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倉敷の魅力は川沿いだけでなく、街中を通り抜ける路地にもあります。

白と黒のコントラストが効いたなまこ壁が、抑制された日本の美意識を醸し出しています。

さらに、路地にせり出した丸瓦の紋様は繊細で、

心地よいヒューマンスケールな路地となっています。

「倉屋敷」の名にふさわしい情緒ある路地空間です。

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◆産業遺産のある町◆

明治に入り産業の町として発展した倉敷。

各地に紡績所が建設され、繊維工業が発達します。

近代化の中心となった紡績工場の代表として、

倉敷紡績工場(現在のクラボウ)があります。

レンガ造りとアーチが印象的な工場は、第二次世界大戦の終結と同時に操業を休止、

しばらくは蔦に覆われて眠っていました。

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そして近年、倉敷の観光客増加に伴いホテルとして再生します。

その印象的な外観は時間の経過が織り成す美観を備え、

倉敷の産業遺産として受け継がれています。

江戸文化と明治の文明開化が融合した、懐かしい時間の流れを体感できる町です。

 

 

◆瀬戸内海を見下ろす尾道◆

尾道は映画やCMのロケ地としてメディアでも度々取り上げられます。

原田知世さん主演の「時をかける少女」などは有名です。

また、志賀直哉の「暗夜航路」など文学作品にも登場する場所です。

尾道の特徴はその特殊な自然地形にあります。

瀬戸内海に隣接しながらも、市の大半が山地となっており、狭い坂道が多く存在します。

小高い丘からは瀬戸内海やそこを行き交う船を一望でき、

自然と人の営みが融和したダイナミックな景色を見ることができます。

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◆寺の町尾道◆

尾道は歴史的建造物の多い町としても知られています。

最も古いもので飛鳥時代、聖徳太子の創建といわれる浄土寺があり、

平安時代にはうしとら神社や千光寺なども瀬戸内海を見下ろすように建立されました。

シンプルで力強い造形が空に映え、日本の伝統的建造物の魅力を感じることができます。

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◆文学の町尾道◆

山と海に囲われ、船が行き交う尾道独特の風景は、多くの作家もまた魅了されています。

ここでは文学作品からみた尾道を紹介したいと思います。

 

明治の文豪 志賀直哉は、ここ尾道で半年ほど滞在し、

「暗夜行路」の執筆活動を行ったといわれています。 以下一文を紹介します。

「その彼方がちょっとした往来ですぐ海だった。

海と言っても、前に大きな島があって、河のように思われた。

何十隻とく漁船や荷船がところどころにもやっている。

そしてその赤黄色い灯の美しく水に映るのが、

いかいにもにぎやかで、 なんとなく東京の真夜中の町を思わせた。」~暗夜行路より ~

船やドックの人工的な灯かりと東京の夜景を水景を通して描写しています。

ここにしかない自然地形が織り成す景観と東京の夜景というのはミスマッチですが、

そうしたした人の営みを包み込む、おおらかさが瀬戸内海にはあるのではないでしょうか。

現在、志賀直哉の住んだ長屋は保存され、当時と同じ風景をそこから臨むことができます。

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そして尾道は、林芙美子著作の「放浪記」の舞台でもあります。 以下一文です。

「5年振りに見る尾道の海はなつかしい。

汽車が尾道にさしかかると煤けた小さい町の屋根が提灯のように拡がってくる。

赤い千光寺の塔が見える。山は爽やかな若葉だ。

緑色の海の向こうにドックの赤い船が帆柱を空に突き刺している。

私は涙があふれていた。」~放浪記より~

作中では、芙美子の心の故郷として多くの情景が描写されています。

郷愁誘う、魅力的な物語りのある町 尾道。

皆さんも是非、足を運んでみて下さい。

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さて、今回のコラムは如何でしたでしょうか?

今回で日本の空間路地あれこれシリーズを終了し、

次回から「日本の生活文化と器としての住まい」をテーマにお話したいと思います。

 

それではまた次回、お会いしましょう。

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◇コラム執筆者◇
「住宅の歴史」から考える理想の暮らしコラム。
ライフスタイルの変化から見えてくるものとは?
住宅の昔と今を紐解きながら、理想の暮らしを考える。

一級建築士 市川 忍(ポラス暮し科学研究所

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