日本の路地空間あれこれ~福島編~
皆さんこんにちは。
「住宅の歴史から考える理想の暮らし」コラムを担当している市川です。
今回より「日本の路地空間あれこれ」をテーマに、
私たちの生活に古くから根付き、暮しを支える道について考えていきたいと思います。
第一回目は、福島県の震災を免れた文化遺産を紹介します。
◆山間にひっそりと佇む街道沿いの町「大内宿」◆
大内宿は、日光と会津若松を結ぶ街道沿いの宿場町として栄えました。
この街道は会津西街道とよばれ、
会津藩が江戸時代の初期に会津と江戸を結ぶ幹線道路として整備したものです。
米等の物資の輸送や会津藩主の参勤交代の際にも利用される重要な街道でした。
当時の大内宿は街道の要衝として旅人を泊めたり、荷物運搬の人馬の中継ぎ場所として、
本陣を始め、旅籠や問屋などが軒を連ね賑わいをみせていました。
◆茅葺き屋根と水路のある路地空間◆
会津南部の広葉樹林が美しい山間部を抜けると突如現れる大内宿。
周囲を山に囲まれ、緩やかな坂道沿いに約40軒の茅葺き屋根が整然と並びます。
道の両脇には石組みの水路が設けられそれぞれの建物の前には洗い場が設けられています。
この水路、昔は道の中央にありました。
道の上でも生活の一部が展開され、道を通じて地域の人がつながっていたことが想像されます。
現在は、路地の打ち水や、飲み物を冷やす場所として利用され風情ある情景が残ります。
そして、建物の多くは通りに面して縁側を設け、奥に座敷があるという配置になっています。
縁側は、現在会津地方の田舎料理や、特産品を販売する店先になっており、
通り沿いは親しみのある福島弁が飛び交う、明るいストリートになっています。
今も昔も道は人々が交わる活気あふれる場所として広場のような機能をもっていたのです。
こうした街並みは会津地方の宿場形態の典型的なものでしたが、多くは失われてしまいました。
大内宿は今日もなお往時の姿をよく残す貴重な路地空間なのです。
◆茅葺き屋根は「結」の精神を伝える◆
大内宿には「結」という考え方が根付いていました。
これは日本各地の農山村の多くでもみることができます。
結は地域内での労力交換や相互扶助と訳することができます。
例えば、田植えの時期にお隣さんにお手伝いをしてもらった場合、
同じようにこちらも何かしらの労力でお返しするというものです。
田植え同様に、茅葺き屋根の葺き替えの際にも、多くの人手が必要となり、
こうした作業や行事は地域の住民総出で行いました。
互いに依存しながら暮しが成り立っていたといえます。
大内宿の美しい茅葺きの屋根並みは人々のつながりの象徴ともいえます。
報道等で被災された方々の頑張っている姿を見るときこの「結」という言葉が思い出されます。
日本人の「結」のDNAは困難な状況でも助け合い、立ち向かう力強い人と人の結束をつくり
私たちひとりひとりに中にしっかりと根付いているのでなないでしょうか。
さて、今回のコラムは如何でしたでしょうか?
次回は「日本の路地空間あれこれ~谷中編~」をお話したいと思います。
それではまた次回、お会いしましょう。
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